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大阪地方裁判所堺支部 昭和34年(わ)297号 判決 1961年10月20日

被告人 木下栄春

昭一三・一・一七生 無職

主文

被告人を死刑に処する。

押収してある海軍ナイフ一丁(昭和三四年領第七〇号の二)はこれを没収する。

理由

(事実)

一、被告人の生立と経歴

被告人は出生後一週間で母と死別し、父に保護能力がなかつたため伯父夫婦に養育され、二歳の頃本籍地の祖父母方に引取られる等して成長し、小学校に入学した頃から素行が悪く、小学校もついに一学期間と通学しなかつたもので、その後次第に乱暴や窃盗等の非行を頻繁に繰り返えし、昭和二四年京都医療少年院に、更に大阪府下にある精薄児収容施設の向陽学園や浮浪児収容施設の若楠学園に収容され、又精神薄弱のため精神病院にも入院させられ、この間脱走しては諸所を徘徊し窃盗等の非行を重ねた。右若楠学園に収容されていた昭和二八年一一月一〇日、学園理事の紹介で大阪府富田林市大字竜泉六四四番地の二農業兼果樹園経営の草尾春美方に作男として雇われ同家に起居して農業等に従事することになつたところ、昭和二九年夏頃無断で飛び出し諸所を放浪するうち保護され、昭和三〇年五月再び被告人の希望で草尾方に雇われたものの粗暴な言辞、振舞に出るので約二ヶ月後一旦伯父に引取られたが、家出して窃盗等の多くの非行を重ねたため同年九月中等少年院加古川学園に送致され、退院後も依然同様の非行があつたので昭和三一年一二月特別少年院新光学院に収容され、昭和三三年五月出所して来阪した。ところが又もや窃盗を重ね同年七月大阪簡易裁判所において懲役一〇月の判決を受けて控訴中、草尾に身柄引受人となつてくれるよう再三依頼し、被告人を憐んだ草尾が保釈保証金に代わる保証書を差入れてくれたため、同年一二月二日保釈出所して三たび草尾方に引取られ、同月九日には草尾に付き添われて大阪高等裁判所に出廷し、原判決破棄の上懲役一〇月、三年間執行猶予の判決言渡を受け、感激しながら草尾方で働くようになつたのであるが、粗暴な言辞振舞等に出ることが昂じて来たり、飲酒の上暴れて障子を損壊したりしたため同月二三日解雇され、以後大阪市西成区方面にあつて土工、日雇等をしていた。なお被告人は前記の如く正式な学校教育は殆ど受けていないけれども、前記少年院に居る間等に勉学し当用漢字の読み書きはできるまでの学力を得るに至つたものである。

二、犯行の動機

被告人は草尾方では食事その他について家族同様の扱いを受けており、又最初のうちは大人しく仕事にも精出していたが、次第に気が荒くなり他人に反抗的態度を示し粗暴な振舞に出ることが多くなつたので、しばしば草尾から叱責を受け殴打されることがあつた。ところが智能が低く思慮浅薄偏見な被告人は、草尾の処置に対し人使いが荒く自分を侮辱し馬鹿者扱いすると思いこみ、恩義を忘れて次第に同人を怨むようになり、何とかして復讐してやろうと考え、ことに第三回目に草尾方を解雇されたときはどうしても草尾春美とその妻清子を殺害して怨を晴らそうとまで考えるようになり、以後執拗に必ず草尾夫婦を殺害しようと思いつめるに至つた。

三、本件犯行

(一)  そこで早速数日後の昭和三三年一二月二六日午後九時過頃右草尾方敷地内の草尾晴美の父草尾信太郎夫婦の現に居住する木造平家建瓦葺の離れ家(約二〇平方米)に放火し、その火事に驚いて出てくる春美夫婦を母屋入口で待ち伏せて所期の目的を遂げようとの考えのもとに、その軒下に積んであつた六束位の藁束に所携のマツチで点火して放火し、よつて人の現住する右建造物の戸袋及び雨戸の一部を焼燬し

(二)  右犯行後数回にわたり草尾方附近まで行つたり大阪市内に誘い出しの便りを出したりして殺害の機会をねらつたがいずれも失敗し、昭和三四年九月初頃にはどうせ草尾春美夫婦を殺害するのなら自分も生きてはおられない、それならば金を貯めて持つていても仕方がないからこの際全部使つてしまおう、金がなくなつた時所期の目的を遂げようと思い、それまでに貯蓄していた約四万五千円の金を同年九月二〇日までに飲食遊興等に殆ど使い果しその日どうしても今夜草尾方に赴き同人夫婦を殺害しようと決意し、同年七月頃大阪市内で買求めた海軍ナイフ(刃渡約一四糎)及び同年八月頃大阪市内で拾得した刺身庖丁(刃渡約一二糎)各一丁(昭和三四年領第七〇号の二、一)を携帯して最後の所持金八〇円を電車賃にし、いよいよ無一文と、なつた上、翌九月二一日午前一時過頃右草尾方に至り、母屋東側の牛小屋の横桟を外して屋内に侵入し、同家表六畳の間に就寝していた婦人を春美の妻清子と思つて揺り起したところ春美の義母草尾綾子(明治三〇年三月生)であつたので、前記刺身庖丁を畳に突き刺したまゝ「静かにせよ、声を出すと殺すぞ」と脅迫し、更に「お前等に怨はない、怨のあるのは親父と奴だ、どこへ行つた」と申し向けて春美夫婦の所在を確めたところ、同女やその物音に起きてきた春美の長男家保(昭和二四年六月生)、二女弥生(昭和二六年三月生)等が口々に静岡へ旅行して不在である旨答え、「殺すのだけはこらえてくれ」と哀願したので、折角入つたのに殺害の機会を逸したので今日は一旦帰えろう、しかし出た後で皆に騒がれると困るし帰えりの電車賃もないので、この際むしろ綾子等を緊縛して金品を強取しようと考え、近くにあつたタオルを裂いて綾子、家保、弥生の両手をそれぞれ後手に緊縛し、その上綾子に猿轡をはめ、更に奥三畳の間に寝ていた春美の長女多佳子(当時一二年)、二男護(当時四年)が物音に目を覚し声を出して騒いだので発覚逮捕をおそれ、首にまいていたタオルで多佳子に猿轡をはめ電気コードを、同女の首に巻きつけたが、同女が苦しがつてなおも騒ぐので興奮の余りこゝに同女等を殺害しようと決意し、先ず前記刺身庖丁を右手に振つて奥三畳の間の布団に俯伏せになつている多佳子の左肩を一回強く突き刺し、次いで表六畳の間の綾子の方に泣いて逃げて行つた護の首の下、肩の辺を前記海軍ナイフで滅多突きに突き刺したり切つたりし、多佳子をして左肩部刺創(前頸部右側に貫通)による左総頸動脈切断に基く失血により、護をして左側頸後部刺創(右側頸部に貫通)による右背推動脈の切断、その他部頸肩部等七ヶ所の刺創、三ヶ所の切創に基く失血によりそれぞれその場で死亡させ、その現場において綾子より現金五百円及び懐中電灯一個を強取し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人は本件各犯行当時心神耗弱の状態にあつたと主張するので考えるのに、前掲証拠一〇ないし一二、一六及び医師長山泰政作成の鑑定書によれば、被告人は恒常的に魯鈍級の智能をもつ精神薄弱者で精神病質を有するが、平常時においては是非善悪の弁識及びその弁識に従つて行動する能力はある。たゞ被告人の有する精神病質の一特性として衝動的、爆発的行動傾向が強いため、ある種の誘因により急に感情が興奮し爆発的、衝動的行動にでることが認められる。

ところで、本件犯行のうち放火については、その動機、目的、手段は、前掲二、四三或は一八ないし二一等の被告人、参考人の供述によつて客観的に矛盾なく明確に把握し理解できるのであり、全証拠によるも前記のような異常傾向を誘発すべき急迫的な刺戟は見当らず、又そのような傾向に基いたものとも認められない。強盗殺人については、いかに騒いだとは言え当時僅か四歳にしかならない護を海軍ナイフで滅多突きを加えており、それだけみてもかなり感情的に興奮していたことが窺知でき、被告人の恒常的素質と相待つてそこに是非善悪の弁識及びその弁識に従つて行動する能力にかなり欠けるものがあつたことを認めるにかたくない。しかし右犯行は前段認定のように発見逮捕される危懼、不安から大声で騒がれることをいたくおそれたことに基くのであつて、動機として十分理解できるものであるし、前掲二一の証拠によれば、被告人は殺害後夜明頃同家を出るまでの間極めて落着いた行動をしており、激しい興奮を示してはいなかつたことが認められる。又前掲証拠二、四三、医師長山泰政作成の鑑定書によれば、被告人は警察、検察庁における取調べ、鑑定人の質問、裁判所での訊問に対し、右犯行の模様についても相当詳細且つ明確に記憶していて整然と述べていることが明かであつて、これらの事実をも綜合すれば、被告人は本件各犯行の当時において、是非善悪の弁識、及びその弁識に従つて行動する能力に著るしく欠けていたとは認められないから、弁護人の右主張は採用しない。

(法律の適用)

法律に照らすと、被告人の判示三の(一)の所為は刑法第一〇八条に、三の(二)の所為中住居侵入の点は同法第一三〇条罰金等臨時措置法第二条、第三条に、各強盗殺人の点は刑法第二四〇条後段に各該当するところ、三の(二)の住居侵入と各強盗殺人とはその間にそれぞれ手段結果の関係があるから、同法第五四条第一項後段、第一〇条により重い草尾護に対する強盗殺人罪の刑に従い、右と放火罪とは同法第四五条前段の併合罪の関係にあるところ、後記のような理由により右強盗殺人罪について所定刑中死刑を選択し同法第四六条第一項により他の刑を科さないこととして被告人を死刑に処し、押収してある海軍ナイフ一丁(昭和三四年領第七〇号の二)は本件強盗殺人の用に供したもので被告人以外の者に属しないから、同法第一九条第一項第二号、第二項によりこれを没収し、訴訟費用は被告人が貧困のため納付することのできないことが明白であるから、刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととする。

(量刑の事由)

本件各犯行は、(一)草尾春美及びその妻清子両名に対する執拗且つ強固な復讐心に基き、計画的な配慮のもとに右両名の殺害を目的とし、又そこから派生したものであること(二)素質及び環境上極めて不遇であつた被告人を更正保護しようとする理解ある草尾夫婦の真意を曲解し、その好意を裏切り、恩義を忘却したものであること、(三)本件放火については、幸い早期に発見されたため物的被害は僅少で済んだが、若し発見が遅れておれば大きな危険と損害を生じていたと思われること、(四)右放火が被告人の所為と解つてから後草尾方は極度の恐怖に陥入り、不安の毎日を送つていること、(五)強盗殺人については、一二歳と四歳の子供の貴重な命を二つながら無雑作に奪つたものであり、その方法は残虐で目を覆わしめるものがあること、(六)死亡した多佳子、護の父母、祖父母、兄妹にとつて回復しがたい不幸と苦痛を与え、その悲嘆は察するに余りあるものがあり、又近隣を恐怖に陥入れ、一般社会に与えた影響が極めて大きいこと、(七)被告人には改悛の情が全然なく、必ず草尾春美夫婦を殺してやると叫び続けていること、(八)被告人の兇暴偏狭な性格は既に鞏固となり、矯正しうる可能性がないこと等の諸事情を考えるときは、被告人の年令が二二歳と云う若年であることや、素質環境が恵まれないものであること、その他証拠に表れた被告人に同情すべき有利な事情を十分考慮に入れても、なお且つ死刑は止むを得ないものと言わなければならない。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 国政真男 上田次郎 石田真)

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